#箱の中

しあわせになるために生きてます。とりあえず来年は海外に旅に出ます。

気づかれないようにしてるくせに、気づかれないと悲しくなる。

わたしって、凄く「面倒くさい人間」だと思う。きっと人から見るとわたしは「面倒くさくない人間」なんだと思う。

そういうところが面倒くさいのです。

わたしは人から、変わっていて、マイペースで周りを気にしない、てきとーでポジティブな我が道をいくタイプの人だと思われることが多い。

 「楽しそうだね」とか「パワフルだよね」なんて言われることが多い。

それが全くの間違い、というわけではないしそういう面を持っているのは確かなのだけど、

それがわたしの全てではない。

そんなふうに言われるたび「本当のわたしとはかけ離れているのになあ、この人はわたしの表面上の顔しか見ていないのだなあ」と思う。 

 

ほんとのわたしはとても繊細で傷つきやすい、人間なのだと思う。

 

普通の人が我慢できることが我慢できなかったりするくらい、ストレスに弱いし(体調を崩す)

何気ないちょっとした言葉にすぐ傷ついてしまったりする。

悲しいニュースに心が乱されるからニュース番組は基本みないし。

 

我が儘を言った記憶、というのがほとんどないくらいで、いつも自然と相手の顔色を伺っている自分がいる。

これくらいが相手の許容範囲かなあ、なんて考えながらでしか甘えたりできない。

 

なんというか、誰も傷つけたくないのです。

だって誰かが悲しい想いをしたら同じくらい自分も悲しくなるんだもん。

 

“明るくてげんき”だと思われてるのはただ、そういうことを言わないし見せないだけであって「そんなの言ってもどうしようもない」と思うし、

落ち込んでるとこみて気分が良くなる人なんかいないでしょ、と思うから。

一種の気遣いみたいなもんなのですよ。

 

だけどそんなわたしのことを、無神経に「悩みとかなさそう。楽しそうで羨ましい」とか言ってくる人はきらいだ。

気づかれないように、分からないように自分でやってるくせに、何にも気づかれないとそれはそれで悲しくなる。

わたしは面倒くさい人間なのだ。

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でも、そんなわたしに気づいてくれて解ってくれる人も中にはいる(とても少ないけれど)。

そういう人たちは、みんなとても優しい人だ。痛みを知ってる人だ。

 

そんな友だち達を、大切にしなくちゃなあと思ったりする。