#箱の中

しあわせになるために生きてます。とりあえず来年は海外に旅に出ます。

「どうせ分かってくれないから言わない」は甘えでしかない

と、わたしは昔の自分に言ってやりたいです。

高校生くらいまでずっと、わたしは自分の殻に閉じこもっていました。

パッと見は、社交的で明るくて、友だちもそこそこいてオープンな人なようで、

考えてること、悩んでること、すきなこと、そういった自分の話は基本的にしなかった。

ほんとに大事な部分を見せようとしなかったのは、誰のことも信じていなかったからなんだと思う。

弱みは見せたくなかった。

人に頼るのが苦手だった。

ほんとはボロボロで死にかけてても平気なふりしてた。

心の柔らかくて傷つきやすい場所を傷つけられるのが恐かったのかも。

言っても理解してもらえなかったり、何度も否定されたり、自分の意見が通らない、理不尽すぎる仕打ち、そういうのに心がポッキリ折れちゃって。いじけてたんですよね。

 

誰もわかってくれない。

なら話したくない。

傷つくくらいなら言いたくない。

分かってくれなくていい。

 

そうおもってました。

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わたしの居場所はどこ?

その一方で、「なんで自分の周りには気の合う人がひとりもいないんだろう?」と不満に思ってました。

だけどあるとき気づいたんです。

それは自分のせいだってことに。

 

当時のわたしは、周りが求める「わたし」を演じていた。

周囲の人々をつまらないと見下しながらも、そんな人たちにウケる自分を演じていた。

 

いちばんつまらないのは自分でした。

 

どんなに心の中で叫んでも自分をアピールしても、外に何も届かないのは、誰にも気づいてもらえないのは、当たり前だ。

「ほんとの自分」なんて結局のところ自分自身にしか分からない。

目に見えるものだけが全てなんだ。

 

ほんとの自分を隠した「ニセモノの私」に集まってくるのは、「ホントの私」に惹かれてきた人じゃなくて「ニセモノの私」がすきな人たちだったんです。

そりゃ気が合うはずないですよね!

 

言葉にしないと伝わらない。

表現しないと伝わらない。

「察してくれるのを待ってる」なんて時間のムダだ。 

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だから、今周りに分かってくれる人がいなくても、傷つけられたり、否定されたりしても、

ほんとの仲間を、居場所を手に入れたいのなら自分を表現することを諦めちゃだめなんです。

立ち止まったらそこでおわりだから。

 

だけど諦めさえしなければ、いつかはあなたを分かってくれる人、ほんとに心から気が合う人に出会うことができます。

なんてったって世界は広いから。

諦めるのは簡単で、ぬるま湯に浸かっているのは楽チンだけど、立ち止まっているかぎりなにも変わらないですよ。

 

自己表現、自己発信し続ける大切さ

もっと昔から自分を隠したりしないで、精一杯表現していればよかったなあと思います。

そしたら今頃もっと気の合う仲間に囲まれて、わいわい楽しくやってたんじゃないかって。

わたしはスタートが少し遅かったけど、いつかはきっと、自分にとって心地よくて落ち着ける居場所を作れると信じてます。

いまはその道の途中で、このブログもそのひとつです。心の柔らかいとこも弱いとこも全部みせてヒリヒリしながら自己発信していきます!

 

もし、あなたが「どうせ分かってくれないからなにも言いたくない」と思ってるなら、そんなもったいないことはやめて、

せめてわたしだけにでも「ほんとのあなた」を教えてください。