#箱の中

しあわせになるために生きてます。とりあえず来年は海外に旅に出ます。

偏差値70の進学校にいってよかった。おかげで【勉強できる人=面白い人】ではない、と気づくことができたから。

実はわたし、県で一番賢い高校にいってたんですよ。

でもだからといって、わたし自身はそんなに頭良くないです。じっさいクラスでは三年間アホキャラでした←

中学時代は、まあ平均ちょい上くらいの成績だったと思います。

担任の先生に志望校を変えたほうがいいんじゃないかと言われるくらいにはギリギリな感じで高校受験に挑みました。

自分の手応え的にもこりゃ落ちたなオワタ!!と思っていたんですけど、なぜか奇跡的に受かってました。


だからといって入学してから猛勉強するでもなく、赤点はとらないくらいの勉強しかしてませんでした。なぜなら死ぬほど勉強がきらいだったからです!!!

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「ここはわたしの世界じゃないぞ」

 

入学して最初の感想はそれでした。


だって周りが、めちゃくちゃ賢いんですよ。成績オール5なんて当たり前、全国模試で1位、勉強だけじゃなくて運動神経も良くて、しかもコミュ力まで高い、みたいな子がゴロゴロいました。ほんとキラキラしてた。まじパーフェクトヒューマン

 

しかもこれがまたみんないい子なんです。
スレてなくて、育ちが良さそうな優しい子が多かったです。当時「なるほど、知性ってのは品格なんだなあ」としみじみ思ったのを覚えています。

みんな余裕がある、というかリア充感が半端なくて、どんな子育てしたらこんな真っ直ぐに育つんだろうとよく思ってました。

 

勉強ができる=面白い人じゃない


でもそれが、わたしにとっては逆につまらなかったですよね。温室育ち感?というかレールの上を挫折もせず、なんの疑問も持たずに走ってるかんじが退屈でしかたなかったです。そういうのは肌に合いませんでした。


でもそのおかげで勉強ができる、というのと人として面白い、というのにはあまり関連性がないんだということに気づくことができました。

というよりは自分がおもしろい!と感じるような人はいわゆる“勉強ができる人”ではないんだ、ということに気づいた、といったほうが正しいかも。

 

 

高校生の頃は浅く広くみんなと仲良くしていましたが卒業しても連絡をとりたい、とか一生付き合っていきたい、と思えるような友だちはいませんでした。

ドライすぎるんじゃないか、とか自分はなんて冷たい人間なんだ…と悩んだ時期もありましたが、今思えば単純に自分が興味のある人、気があう人がいなかっただけでした。

 

もし高校受験に失敗して、自分がトップクラスの成績でいられる高校に入っていたら、「もっと勉強すれば面白い人に出会えるかも…」と思って、頑張って勉強して今ごろ大学に行っていたかもしれません。危なかったです。

そう考えると、天才と秀才だらけの賢い高校でアホキャラでいられてよかったのかもしれません。

 早い段階で勘違いに気づけてよかったです(OvO)