#箱の中

しあわせになるために生きてます。とりあえず来年は海外に旅に出ます。

自分が一番嫌いな女になってみることにした。

 

なろうとしている、というか周りから見てもらいたい“自分像”みたいなものって、誰にでも少なからずあると思うのだけれど、

わたしの場合のそれは、

物分かりがよくて、優しくて、気の利いた面白いことが言えて、一緒にいると楽しい、大人で賢い女。誰から見ても魅力的。

そんな人を知らず知らずのうちに目指していたように思う。

わたしにとっての地雷は

「意外と子供っぽいんだね」

「思ったより大したことないな」

みたいな言葉たち。

それを言われるとすごい傷ついたり、なぜか「恥ずかしい」と感じる自分がいた。

 

育った環境のせいもあるのかもしれない。

思い返してみれば、小さい頃から背伸びして大人ぶって、納得できないことも分かった顔したりして、いつもどこか斜に構えてた(かわいくないこども笑)。

だけどそれが幼いわたしにとっては、唯一の自分を守る術だったんだと思う。

でもそれはやっぱり本当のわたしじゃなくて、どこか無理してる部分があって。

相手の期待にできるだけ答えようとして、いつも相手を喜ばせようとして生きてきた気がする。

そんな自分のこと器用な人間だと思ってた。

でも違った。

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そんなわたしが嫌いだったのは

わがままで自分のことしか考えてない傍迷惑な人。

そういう人をみると心がざわざわした。

周りの人の気持ちをなぜ全く考えないのか?と疑問だったし、考えないようにしても考えてしまう(感じてしまう)わたしとしては全く理解できなかった。だからムカついてた。

でもほんとはうらやましかったんだと思う。

好き勝手やってわがまま放題言って、バカみたいに自分が一番正しいと思ってる。

なんかそういう人って幸せそうじゃん。

 

いい人は損をする?

それに比べていい人、優しい人、できる人って周りからしたらとっても魅力的で素敵だなって思うし、友だちとしてはほんと最高。

だけどなんていうか、その人自身について考えてみると「生きづらそう」「幸せじゃなさそう」だなあと思うことって結構ある。

 

いい人が損をする、じゃないけど

自分が傷つく<相手が傷つく

の方程式ができてる人はやっぱり幸せにはなれないんだってことに気づいたんだ。

 

だからこれからわたしは今までとは正反対のことをすることにした。徹底的に

自分が傷つく>>相手が傷つく

にするってこと。

 

愛想笑いはやめる。

楽しいときしか笑わない。

ムカついたらムカつくって言う。

相手のプライド傷つけるかなとか悲しませるかなと思ってもちゃんと言う。

だって自分ファーストだから。

嫌なことはやらない。我慢もしない。

徹底的にわがままな女になってみる。

 

ちょっとだけ、じゃなくて“徹底的に”っていうのがポイント。

やっぱり、なってみないと見えない景色があると思うんだよね。

 

いい子にならないようにがんばる。

わがままになるのをがんばる。

優しく(自己犠牲)しないようにがんばる。

がんばらないことをがんばる。

 

一般的に言われてるのとは全く正反対の努力だけど。別にいい。

ふつうとかあたりまえとか、知らないもん。

自分の心がそうやってみたら?っていってるから、そのとおり正直にやってみる。

 

なかなか難しそうだけど、とりあえずやってみる。

まずは店員さんに真顔で対応するとことかはじめようかな…