#箱の中

しあわせになるために生きてます。とりあえず来年は海外に旅に出ます。

なんのために勉強するのか、考えたことってある?もし意味を見出せないなら勉強なんかしなくていいと思う

うちの母親はいわゆる教育ママだったので、小さい頃から勉強しろ勉強しろと耳にタコができるほど言われてました。

 

小学生とかって、遊びたくてしかたない時期じゃないですか。だから勉強させられるのが嫌でしかたなくて「なんで勉強しないといけないの?」とよく泣きそうになりながらそんな質問をしてました。

 

「将来あなたが幸せになるためよ」「いい人に出会うため」「あなたの為なんだから」

 

帰ってくる言葉は小さなわたしにはどれもいまいちピンとこなくて、いつもモヤモヤした思いを抱えていました。

 

「将来とかどうでもいいしわたしは今遊びたいんだよ!!」と思ってました。

 

そんなかんじで勉強に意味を見出せないまま成長していき、それと同時にわたしは勉強がますます嫌いになっていきました。

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高校生活の中では“やりたいこと・好きなこと”は見つけられなかった

 

勉強は大嫌いだったんですけど奇跡的に県一の進学校に入ることができました。

 

だけど高校3年生になって周りがバリバリ受験モードの中、わたしはというとまだ本腰を入れられずにふらふらしていました。オープンキャンパスに行ってみたりもしましたが、どんなに色々考えたところで行きたい大学も興味のある学科も見つかりませんでした。


自分の未来を思い描こうとしても真っ暗で何も思いつかないんです。

思いつかなすぎて「こんなに何も思いつかないなんて、近い未来自分は死ぬんじゃないか?」と悩みました。笑

 

自分にとっての理想の未来ってなんだろう?

 

しかたないので、とりあえず大学のことは置いといて、パーフェクトな理想の未来について考えてみることにしました。

まずは、いい大学に受かる。それでリア充しまくりの夢のキャンパスライフを送り、卒業後はみんなが羨むような大企業に就職して、イケメンで高収入の彼氏をゲット。2、3年働いて寿退社。一等地にマイホームを建てて子宝に恵まれる。子供が大きくなってきたら…

 

このへんまで考えてふと我にかえりました。自分で考えときながら、全く憧れないしどう考えても退屈きわまりないんだけど…?これのどこが理想の未来なんだ!!?!となりました。

 

周りの人たちがいう「幸せ」が、自分にとっても幸せだと勝手に勘違いしていた

 

世間一般でいうところの“普通のしあわせ”、“親が望むしあわせ”、そういったものが自分にとってもしあわせなんだと勝手に思い込んでいたことに気づきました。自分でも驚きました。

 

中学受験のため頑張って勉強して、受かったと思ったら今度は高校受験のために頑張って、その次は大学受験。大学に入れても今度は就活。いい会社に入っても昇進だなんだとまた頑張って、次はいい結婚相手を探すのに必死になって…

 

そんなの、ずっと頑張ってばかりで辛くないですか。


「未来のため」と言いながら今を犠牲にし続けて、そんなことしててほんとに幸せになんてなれるのかな。永遠に目の前にあるのは今だけなのに

 

だから私は大学にいくのやめた。

 

そう思ってしまったので、別に行きたくもない大学にいくのはやめることにしました。

不確かな未来のために頑張るのはやめることにしたんです。


その代わりにこれからは、今を精いっぱい楽しんでいくんだって決めました。今まで無駄にしてきたぶんまで楽しんでやります!!

 

世間や友だちや親のいうしあわせは残念ながらわたしのしあわせと同じではありませんでした。
でも別にそれはいいんです。わたしはもうまわりの意見に惑わされないと決めたので!

 

しっかり自分と向き合えてますか?

 

「自分の人生はちゃんと自分が責任を持つんだ」と決めたあの日から、わたしのほんとの人生が始まったような気がします。

他人の意見に流されたり、みんながいいというものが、ほんとに自分に合っているのか確認することって、とても大切なことだと思います。

自分を見失ってしまうと、自分がほんとはなにがしたいのか、なにが楽しいのか、分からなくなってしまいます。

そうならないためにも、しっかり自分と向き合っていくことが大事だと思います!